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京都観光 |
8月3日 今日は高校の友達と京都駅前のアバンティで待ち合わせをした。 久しぶりの京都駅はきれいだった。


京都駅にある伊勢丹で昼ご飯を食べた後、二条に行き、新しくできたという複合施設で遊んだ。とは言っても、ゲーセンと映画館しかなく、かなり退屈な場所だった。
二条の複合施設にはすぐ飽きてしまったから、二条城に行くことにした。

二条城は入場料とられるから、外から見ただけにして、そのまま三条を目指して歩いた。
木屋町通りは相変わらずきれいでよかった。こういう場所は東京にはない。京都はこういう風景を大切にしていくべきやと思う。
のに!
木屋町通りに点在する風俗店! 景観台無し。 こんなんを許してる京都の公務員頭悪すぎ。

まあ、今日は京都の美しさを満喫できて良かった。 京都に住みたいとは思わんけど、定期的に帰ってこないと、東京は街が汚すぎてやってられない。
多くの日本人は六本木だとか、汐留だとか、表参道だとか、そういうところをきれいだと言うけど、ああいう意見は景観を悪くする一方だと思う。
街の美しさって言うのは、六本木や表参道のような局地的、非日常的な場所で求めるべきではなく、街全体の統一感、日常から接する場所にこそ存在すると思う。その点京都は大通りからちょっと入った小道に京都の良さがあるし、街全体に京都の匂いを感じて、とてもいい街だ。
しかし、最近は京都を現代文明に犯されている。街全体の美しさよりも、建物一つ一つの奇抜さに美しさを求めるようになってしまっている。一部の日本人はよく「日本が西洋文明に犯されてしまっている」というけれど、景観に関してはまったくの責任転嫁だとしか言えない。今日本の美しさを壊しているのは西洋文明ではなく、日本的な現代文明に他ならない。日本は自滅している。
東京は現代日本の象徴だからいい。好きなだけ現代文明に染まればいい。あそこには元々美しさが存在しない。
しかし、京都ではやめてほしい。京都は、古き良き日本の象徴なんだから、破壊しないで欲しい。
京都を愛する者として、僕は近年の京都の現代化を好きになれない。 京都の人には、古き良き京都を守って欲しい。
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東野圭吾 |
今日は東京から大津(実家)まで青春18切符で帰った。 途中浜松をぶらぶらしたりしながらのんびりと。
電車の中で相当暇になると思ったから、事前に後輩におもしろい本なんかないの?と聞いておいた。
お薦めされたのは 東野圭吾 「学生街の殺人」
あらすじは・・・
大学を卒業しても定職に就かずぶらぶらして過ごしているフリーター主人公:光平。 ある日光平と親しくしていた松木さんが自宅で殺されるているのを、光平は発見する。刑事に松木の身元を聞かれ、光平は松木さんの過去を全く知らなかったと自覚する。 さらに、殺人の魔の手は光平の周りから去っていなかった。 しかも次なる殺人は密室で起こり、よりによってそれが密室殺人であることを証明してしまう立場に光平は立たされる。 光平の推理が始まる。
評価は・・・
けっこう楽しめました。いい時間潰しになるし、所用時間は5時間くらいかな。ミステリーやから、感想を言えない。ネタバレになるしね。とにかく読んで損はないと思う。
浜松に着くと同時に「学生街の殺人」を読み終わったわけやけど、大津までまだまだあるから、浜松駅で次の本を探した。
結局選んだのは パオロ・マッツァーリ 「反社会学講座」
760円で、350ページくらいの文庫本。難しい感じはまったくなく、かーるいオーラがプンプン出てる本やった。
まぁ内容は、社会学ってのがいかに適当な学問かってのを冗談めかして言ってる。最近の若者がキレやすいってのは間違いだとか、日本人が勤勉だったってのは嘘だとか。 ちょくちょく「なるほど!」て思う知識が散りばめられてたりするけど、概して時間の無駄かな。
はい、この本はつまらんですよ。
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